
仕事中のケガや通勤途中の事故で労災保険を申請している最中に、「退職したい」「退職を勧められている」という状況に置かれることがあります。労災の手続き中に退職してしまうと、給付が打ち切られるのではないかと心配になるのは当然のことです。
この記事では、労災申請中に退職しても給付は継続されるのか、退職前後の手続きで気をつけるべきポイント、そして会社から退職を迫られた場合の対処法を解説します。
労災申請中でも退職はできる
まず、労災申請中であっても退職すること自体は法律上まったく問題ありません。労働者には退職の自由が保障されており、労災の申請状況に関係なく、自分の意志で退職を決めることができます。
「労災を申請しているから退職できない」「労災の手続きが終わるまで辞められない」ということは一切ないため、退職のタイミングは自由に決められます。
退職後も労災保険の給付は続く
退職した後でも、労災保険の給付は継続して受けられます。これは労働者災害補償保険法第12条の5第1項に明確に規定されています。
条文には「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない」と書かれており、退職を理由に給付が打ち切られたり、金額が減額されたりすることはありません。
退職後も継続される主な労災給付の種類:
- 療養(補償)給付:治療費の支給。治癒するまで継続
- 休業(補償)給付:働けない期間の給与補償(給付基礎日額の80%)
- 障害(補償)給付:後遺障害が残った場合の年金または一時金
- 傷病(補償)年金:療養開始から1年6ヶ月経過後も治っていない場合
退職後は申請書の控えや診断書、通院の領収書などを自分で管理することになります。給付の種類ごとに書類を1冊のファイルにまとめておくと、労基署とのやり取りで慌てずに済みます。
退職後の労災手続きの注意点
事業主証明が得にくくなる
労災の申請書には「事業主証明」の欄があり、通常は会社が署名・押印を行います。しかし退職後は、会社がこの証明を拒否するケースがあります。
ただし、事業主が証明を拒否しても、労災の申請自体は可能です。事業主証明がもらえない場合は、その旨を記載した上申書を添えて労働基準監督署に提出すれば、労基署が事実関係を調査してくれます。
退職前に証明をもらっておくのがベスト
退職後にトラブルを避けるため、できるだけ在職中に事業主証明をもらっておくのが理想的です。退職の意思を伝える前に、労災の申請書類を準備しておきましょう。
請求の時効に注意
労災保険の各給付には時効があります。退職後に請求しようと思っていても、時効が過ぎてしまうと受け取れなくなります。
- 療養(補償)給付:療養費を支出した日の翌日から2年
- 休業(補償)給付:休業した日の翌日から2年
- 障害(補償)給付:傷病が治癒した日の翌日から5年
- 遺族(補償)給付:死亡した日の翌日から5年

会社から退職を迫られた場合の対処法
労災中の解雇は原則禁止
労働基準法第19条では、業務上の負傷・疾病の療養のために休業する期間とその後30日間は解雇が禁止されています。会社が「労災中だけど辞めてくれ」と言ってきた場合、これは違法な退職強要に当たる可能性が高いです。
退職勧奨への対応
「退職してくれないか」という退職勧奨は直ちに違法ではありませんが、応じる義務はありません。執拗に繰り返される場合や、暴言・脅迫を伴う場合は違法な退職強要として損害賠償請求の対象になり得ます。
退職勧奨を受けた場合は、以下のポイントを押さえておきましょう。
- その場で返答せず、「検討します」と時間をもらう
- 退職勧奨の内容を記録に残す(日時・発言内容・同席者)
- 労基署や弁護士に相談する
- 自己都合退職ではなく会社都合退職として処理するよう交渉する
記録は、専用の手帳を1冊決めて日付ごとに書いておくと、あとで労基署や弁護士に相談するときの材料として経緯を説明しやすくなります。
退職勧奨に応じて「自己都合退職」として処理されてしまうと、失業保険の給付制限がかかります。退職する場合でも、会社都合退職にしてもらえるよう交渉することが重要です。
労災申請中の退職で知っておくべき制度
解雇制限期間とは
労働基準法第19条では、業務上のケガや病気で療養している期間とその後30日間は、原則として解雇が禁止されています。これを「解雇制限期間」と呼びます。ただし、療養開始から3年を経過し、打切補償(平均賃金の1,200日分)が支払われた場合は、この制限が解除されます。
なお、この解雇制限はあくまで会社側からの解雇を制限するものであり、労働者が自分の意志で退職することは制限されません。
アフターケア制度
労災で大きなケガをした場合や後遺症が残った場合は、治癒後も「アフターケア制度」で定期的な診察や検査を無料で受けられる場合があります。せき髄損傷や大腿骨頸部骨折など、対象となる傷病は限定されていますが、該当する場合は退職後も継続して利用可能です。労基署に相談してみましょう。
特別支給金について
労災保険には、休業補償給付とは別に「特別支給金」という上乗せ給付があります。休業特別支給金(休業4日目以降、給付基礎日額の20%)は、退職後も休業が続く限り受け取ることができます。これは通常の休業補償給付(60%)に加えて支給されるもので、合計すると給付基礎日額の約80%が補償されます。
退職後の労災申請の手続き方法
退職後に労災の請求を行う場合は、以下の流れで進めます。
- 管轄の労働基準監督署に連絡する
- 必要な申請書類を入手する(労基署の窓口または厚労省Webサイトからダウンロード可能)
- 事業主証明がもらえない場合は、その旨を上申書に記載する
- 申請書類に必要事項を記入し、医師の診断書とともに労基署に提出する
- 労基署が調査を行い、労災認定の可否を判断する
よくある質問(Q&A)
Q. 退職後に労災が認定された場合、遡って給付を受けられる?
A. はい、時効期間内であれば遡って給付を受けることができます。休業給付であれば休業した日から2年以内、障害給付であれば治癒日から5年以内に申請する必要があります。退職後に申請する場合は、自分で直接労働基準監督署に書類を提出することになります。必要な申請書類は厚生労働省のWebサイトからダウンロードできるので、早めに準備を始めましょう。
Q. 転職先が決まっている場合、労災給付はどうなる?
A. 転職先での勤務と並行して、前職での労災給付を受けることが可能です。労災保険は「事故発生時の事業場」の保険で処理されるため、転職先の状況には影響されません。
Q. 退職代行を使って辞めた場合でも労災給付は継続する?
A. 継続します。退職代行の利用有無は労災給付に影響しません。ただし、事業主証明の取得が難しくなる可能性があるため、退職前に書類を準備しておくことをおすすめします。弁護士型の退職代行であれば、労災関連の書類準備についてもアドバイスを受けられることがあるので、相談してみると良いでしょう。労災は労働者の当然の権利ですので、退職方法に関わらず、受け取れる給付はしっかり請求してください。

まとめ
労災申請中であっても退職は可能であり、退職後も労災保険の給付は法律で守られています。「退職したら給付が止まるのでは」という不安は不要です。
ただし、事業主証明の取得が退職後に難しくなること、各給付の時効期間に注意が必要なことは覚えておきましょう。不安がある場合は、労基署や労災に詳しい弁護士に早めに相談するのがおすすめです。
また、労災が原因で退職する場合は、失業保険の受給においても「特定受給資格者」として扱われる可能性があり、自己都合退職の給付制限(原則1ヶ月)が免除されることがあります。ハローワークでの手続き時に、労災による退職である旨を伝えましょう。退職後も使える制度や給付は意外と多いので、一つひとつ確認して、受け取れるものはしっかり受け取ることが大切です。
労災申請中の退職で知っておくべき追加情報
労災と退職に関して、よくある誤解と正しい知識をまとめました。
- 「労災の手続き中だから退職できない」は誤り:退職の自由は憲法で保障されており、労災の申請状況に影響されません
- 「退職したら労災が取り消される」は誤り:労災保険法で「退職によって給付の権利は変更されない」と明記されています
- 通勤災害も対象:業務上の災害だけでなく、通勤途中の事故による労災も退職後に継続して給付を受けられます
- 退職後の通院は自分で手続き:在職中は会社経由で書類を提出していたものが、退職後は自分で労基署に直接提出することになります
- 転職後も前職の労災給付は継続:転職先での勤務と並行して、前職で認定された労災給付を受け取ることが可能です
参考:退職したら労災保険給付は打ち切られる?(ベリーベスト法律事務所)


