退職金がもらえないケースとは
退職すれば当然もらえると思われがちな退職金だが、実は退職金の支払いは法律で義務付けられているわけではない。退職金制度はあくまで各企業が独自に設けるものであり、制度そのものがない会社も存在する。
厚生労働省の「就労条件総合調査(令和5年)」によると、退職給付制度がある企業の割合は全体の約74.9%だ。つまり、約4社に1社は退職金制度を設けていないことになる。

退職金がもらえない代表的なケースを整理すると、以下のとおりだ。
会社に退職金制度がない
就業規則や雇用契約書に退職金に関する規定がなく、過去にも退職金を支給した慣行がない場合は、退職金を請求する根拠がない。特に中小企業やベンチャー企業、スタートアップなどでは退職金制度を設けていないケースも多い。
支給条件を満たしていない
退職金制度があっても、「勤続3年以上」などの最低勤続年数が設定されていることがある。この条件を満たさない場合は支給対象外となる。就業規則の退職金規程に支給条件が明記されているため、退職前に確認しておこう。
懲戒解雇による退職
懲戒解雇の場合は退職金を全額不支給、または一部減額とする規定を設けている企業が多い。ただし、退職金に「賃金の後払い」としての性質がある場合は、全額不支給が認められないケースもある。
退職金の計算で金額がゼロになる
ポイント制や成果連動型の退職金制度では、勤務成績などによって計算上の金額がゼロ、またはきわめて少額になることがある。
退職金がもらえない場合の具体的な対処法
退職金がもらえないとわかった場合でも、状況によっては請求が認められるケースがある。段階を踏んで対応していこう。
ステップ1:就業規則と雇用契約書を確認する
最初にやるべきことは、就業規則の退職金規程と雇用契約書の記載を確認することだ。退職金制度がある会社であれば、就業規則に支給条件・計算方法・支給時期が明記されているはずだ。
就業規則は会社に備え付けが義務付けられている(従業員10人以上の事業場)。閲覧を求めたのに見せてもらえない場合は、それ自体が労働基準法違反の可能性がある。
確認すべき書類
- 就業規則(退職金規程)
- 雇用契約書・労働条件通知書
- 退職金共済の加入証明書(中退共など)
- 過去の退職者への支給実績(慣行の有無)
確認した書類はコピーを取り、クリアファイルにまとめておくとよい。労働基準監督署や弁護士に相談するときも、手元の資料をそのまま見せられる。
ステップ2:会社に直接請求する
就業規則に退職金の規定がある場合は、会社に対して退職金の支払いを請求する権利がある。まずは人事部門や総務部門に問い合わせ、退職金の支払い時期と金額を確認しよう。
口頭でのやりとりだけでなく、書面やメールで記録を残しておくことが大切だ。後々のトラブルに備えて、いつ、誰に、何を伝えたかを記録しておこう。
ステップ3:労働基準監督署に相談する
退職金が就業規則に規定されている「賃金」に該当する場合は、労働基準監督署に相談できる。労働基準監督署は会社に対して是正指導を行うことができるため、会社が支払いに応じない場合の有効な相談先だ。

ステップ4:弁護士に相談する
労働基準監督署でも解決しない場合や、退職金の金額に争いがある場合は、弁護士への相談を検討しよう。労働問題に詳しい弁護士であれば、内容証明郵便の送付や交渉、訴訟などの法的手段を取ることができる。
初回無料相談を実施している法律事務所も多いので、まずは相談だけでも利用してみるとよい。
退職金の請求権と時効について知っておくべきこと
退職金の請求権には時効がある。労働基準法では、退職金の請求権は5年で消滅すると定められている(労働基準法第115条)。この期間を過ぎると、たとえ退職金をもらう権利があったとしても、法的に請求できなくなってしまう。
時効の起算日
退職金の時効は、就業規則等で定められた「退職金の支給日」から起算される。支給日が定められていない場合は、退職日が起算日になる。退職金が未払いのまま放置していると、時効で権利を失うリスクがあるため、早めに行動することが大切だ。
退職金制度がない場合に自分でできる備え
勤務先に退職金制度がない場合は、自分で老後の資金を準備する必要がある。退職金の代わりになる制度や方法を紹介する。
iDeCo(個人型確定拠出年金)を活用する
iDeCoは自分で掛金を拠出し、運用して老後資金を準備する制度だ。掛金が全額所得控除になるため、節税しながら資産形成ができる。退職金制度がない会社に勤めている人は特に活用を検討したい。
つみたてNISAを活用する
NISA制度を使えば、投資で得た利益が非課税になる。退職金の代わりとなる資産を長期的に築いていくのに向いている。
iDeCoやNISAの仕組みをまとめて確認したい人は、制度を解説した本を1冊手元に置いておくのも一つの方法だ。
中小企業退職金共済(中退共)の確認
会社独自の退職金制度がなくても、中小企業退職金共済(中退共)に加入している場合がある。中退共は国の制度で、掛金は会社が負担し、退職時に従業員が直接受け取る仕組みだ。自分の会社が加入しているかどうかを確認してみよう。

退職金の「慣行」による請求が認められるケース
就業規則に退職金規程がなくても、過去に退職者に対して継続的に退職金が支給されてきた実績がある場合は、「労使慣行」として退職金の請求が認められることがある。
労使慣行として認められるためには、以下のような条件が必要とされている。
- 同様の取り扱いが長期間にわたって反復継続されていること
- 会社側がその取り扱いを認識し、異議を唱えていなかったこと
- 当事者(会社・従業員)の間で事実上の合意が形成されていること
慣行による退職金請求は証拠の収集が重要になる。過去の退職者への支給実績や、社内で退職金について言及された文書・メールなどを集めておくとよい。
退職金に関する労働審判・少額訴訟の活用
退職金の未払いが解決しない場合は、裁判所の制度を利用する方法もある。通常の訴訟よりも手軽に利用できる制度として、労働審判と少額訴訟がある。
労働審判とは
労働審判は、労働問題を原則3回以内の期日で迅速に解決するための制度だ。裁判官1名と労働審判員2名で構成される労働審判委員会が、調停や審判を行う。通常の裁判と比べて解決までの期間が短く、申立てから約2〜3ヶ月で結論が出ることが多い。
退職金の未払い問題では、金額や支払い条件について会社との間に争いがある場合に効果的だ。申立て手数料は請求額に応じて決まるが、通常の訴訟の半額程度で済む。
少額訴訟とは
少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払いを求める場合に利用できる簡易な訴訟手続きだ。原則1回の審理で判決が出るため、時間と手間がかからない。退職金の金額が60万円以下の場合は、この制度の利用を検討しよう。
内容証明郵便による請求
法的手続きの前段階として、内容証明郵便で退職金の支払いを請求する方法がある。内容証明郵便には法的な強制力はないが、「請求をした」という記録が残るため、後の裁判で証拠として使える。また、会社に対して「このまま放置すれば法的手段に出る」という意思表示にもなるため、支払いに応じるケースも少なくない。

退職金がもらえない場合のよくある質問Q&A
Q. 退職金の規定がない会社は違法ではないの?
違法ではない。退職金制度は法律で義務付けられていないため、退職金規定がない会社も適法だ。ただし、退職金制度を設けている場合は就業規則に記載する義務がある。
Q. 自己都合退職だと退職金は減額される?
多くの企業では、自己都合退職の場合に退職金が減額される規定を設けている。減額の割合は会社によって異なるが、会社都合の場合と比べて5割〜8割程度になるケースが一般的だ。
Q. 退職金の未払いを相談できる無料の窓口は?
労働基準監督署のほか、都道府県の労働局や法テラス(日本司法支援センター)でも無料で相談できる。法テラスでは、収入要件を満たせば弁護士による無料法律相談も受けられる。
Q. 退職代行を使って退職した場合、退職金はもらえる?
退職代行を利用したこと自体は退職金の支給に影響しない。退職金の支給要件を満たしていれば、退職の方法にかかわらず受け取る権利がある。ただし、弁護士型や労働組合型の退職代行でなければ退職金の交渉はできないため、注意が必要だ。
Q. 会社が退職金を支払わない場合、差し押さえはできる?
裁判で退職金の支払い命令が出た場合や、労働審判の結果を債務名義として利用できる場合は、会社の預金口座や売掛金などを差し押さえることが可能だ。ただし、差し押さえには裁判所への申立てが必要であり、手続きが複雑なため弁護士に相談することをおすすめする。
Q. 退職金の金額に不満がある場合はどうすればいい?
退職金の金額が就業規則の規定に基づいて正しく計算されている場合は、法的に請求額を増やすことは難しい。ただし、計算ミスや支給条件の適用誤りがある場合は、正しい金額で再計算するよう会社に求めることができる。退職金規程と実際の支給額を照らし合わせて確認してみよう。
まとめ|退職金がもらえないときは段階的に対応しよう
退職金がもらえない場合の対処法をまとめると、以下のとおりだ。
- まずは就業規則・雇用契約書で退職金制度の有無を確認する
- 規定があるのに支払われない場合は会社に書面で請求する
- 解決しない場合は労働基準監督署や弁護士に相談する
- 退職金の請求権は5年で時効になるため早めの対応が大切
- 退職金制度がない場合はiDeCoやNISAで自分の備えを始める
退職金は長年の勤務に対する重要な報酬だ。もらえるはずの退職金が支払われない場合は、泣き寝入りせずに正しい手順で対応しよう。退職金の請求については労働問題弁護士ガイドでも詳しく解説されている。相談窓口の情報は厚生労働省の労働基準監督署一覧から確認できる。


